2024年11月28日
番外 愛知県の古墳57 神明社古墳 豊田市 円墳 径27m
前回の不動古墳(移築・復元)から約900m北北西の神明神社に位置しています。墳丘上には本殿が建立され、北側には直線的に石垣が組まれており、かなり改変されています。
森泰通さんは、「墳丘は社殿によって大きく改変されているが、現状では高さ3.8mを測る。トレンチ(T1)での所見によれば、周溝は残存幅8.7m、深さ0.6mほどの規模で、墳丘は直径27m、周溝を含めれば直径39m前後の円墳と考えられる。しかし、かつては現状より東へ高まりが続いていたとされ、帆立貝形前方後円墳となる可能性も残されている。」(「144 神明社古墳」、『愛知県史 資料編3 考古3古墳』p.450)と述べています。
また同上書で、「江戸時代から開口していた主体部は、竪穴式石室である可能性が高い。(中略)竪穴式石室は寸詰まりな平面形を有し、5世紀後半に朝鮮半島から伝播する新式の竪穴式石室となる可能性をもつ。現状では西三河唯一の竪穴式石室の確認例として貴重である。」(p.450)と述べています。おっさんは、石室については見逃していました。「あらら、もったいないじゃん」。
石柱。裏面。
全景。南東から。
全景。北東から。
全景。東から。 以上2024年11月撮影。
森泰通さんは、「墳丘は社殿によって大きく改変されているが、現状では高さ3.8mを測る。トレンチ(T1)での所見によれば、周溝は残存幅8.7m、深さ0.6mほどの規模で、墳丘は直径27m、周溝を含めれば直径39m前後の円墳と考えられる。しかし、かつては現状より東へ高まりが続いていたとされ、帆立貝形前方後円墳となる可能性も残されている。」(「144 神明社古墳」、『愛知県史 資料編3 考古3古墳』p.450)と述べています。
また同上書で、「江戸時代から開口していた主体部は、竪穴式石室である可能性が高い。(中略)竪穴式石室は寸詰まりな平面形を有し、5世紀後半に朝鮮半島から伝播する新式の竪穴式石室となる可能性をもつ。現状では西三河唯一の竪穴式石室の確認例として貴重である。」(p.450)と述べています。おっさんは、石室については見逃していました。「あらら、もったいないじゃん」。
石柱。裏面。
全景。南東から。
全景。北東から。
全景。東から。 以上2024年11月撮影。
Posted by じこま at 07:07│Comments(0)