2019年07月31日

追加82-3 蛭子山古墳のおまけの「作山古墳群 その2」 京都府与謝野町

  3号墳 方墳 辺17m

 説明板。


 ほぼ全景。


  4号墳 前方後円墳 30m

 標柱。説明板。


 後円部。前方部。


 後円部端全景。
            以上2009年6月撮影。  


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2019年07月31日

追加82-2 蛭子山古墳のおまけの「作山古墳群 その1」 京都府与謝野町 

 作山古墳群は、方墳・円墳・前方後円墳5基からなる古墳群です。訪問時、5号墳の存在に気付かずその絵はありません。「しっかり調べてから行きん」。
 蛭子山古墳とともに「与謝野町(旧加悦町)古墳公園」内にあり、復元・整備されています。「作山古墳群」として、国の史跡に指定されています。
 余談ですが、岡山県総社市の作山古墳(ランキング10位)と同名ですが、全く違う古墳です。

  1号墳 造出付円墳 全長36m

 標柱。説明板。



 造出。一部重複して奥が5号墳(方墳 辺13m)。

 全景。


 墳頂の石棺の説明板。石棺。
         


  2号墳 円墳 径28m

 標柱。説明板。


 墳頂。


 全景。
            以上2009年6月撮影。  


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2019年07月30日

追加82-1 蛭子山古墳(蛭子山1号墳)のおまけの「蛭子山2号墳」 京都府与謝野町 方墳 42×32m

 2号墳は、1号墳(蛭子山古墳)の後円部の東に隣接する方墳です。1号墳とともに、国の史跡に指定されています。古墳は、整備され「与謝野町立古墳公園(旧加悦町古墳公園)」内にあります。

 標柱。


 墳頂。


 近景。


 ほぼ全景。1号墳から見る。


 遠景。中央に1号墳後円部、その右端が2号墳。作山1号墳から見る。
            以上2009年6月撮影。  


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2019年07月30日

追加82 蛭子山古墳(蛭子山1号墳) 京都府与謝野町 145(130)m

 この古墳は、ランキング82位として、2018年2月20日のブログに掲載しています。網野銚子山古墳(ランキング39位)・神明山古墳(ランキング43位)とともに、京都府の日本海側三大古墳のひとつです。ただし、これらは日本海を臨む潟湖の丘陵上に立地しているのに対し、蛭子山古墳は内陸部に築造されています。
 奈良女子大学の前方後円墳データベースの「蛭子山1号墳」の項目で、「墳丘 形状:前方後円 築成:前方部:3段、後円部:3段 墳長:145m 後円部:径106m 高16m 前方部:幅62m 長69m 高11m」と記されています。一方、奥村清一郎さんは、「丹後蛭子山古墳の測量図を読む」(財団法人 京都府埋蔵文化財調査研究センター 『京都府埋蔵文化財情報 第60号』所収)の中で、「古墳の平面規模は、全長130m、後円部径78m(主軸方向)×86.5m(主軸に直交する方向)、前方部長(全長から後円部短径を差し引いたもの)52m、くびれ部幅26.4m、前方部幅42m、後円部頂部平坦面径26m(主軸方向)×28m(主軸に直交する方向)を測る。高さは、後円部が11.5m、前方部が7mあり、墳頂部の高低差は約6mを測る。」(p.21)と述べています。方墳の2号墳・3号墳とともに「蛭子山古墳」として、国の史跡に指定されています。
 約600m南に温江(加悦)丸山古墳(ランキング905位)や約1.5km南に白米山古墳(ランキング402位)があります。蛇足で温江(加悦)丸山古墳の項目でも書きましたが、この地域は「平成の大合併」以前は加悦(かや)町でした。「かや」といえば、古代の朝鮮半島南部の小国家群「伽耶」と同じ読み方です。福岡県糸島市には「可也(かや)山」があり、偶然の一致というより、何らかの関係性があるのではないかと妄想が広がってしまいます。

 石柱。加悦町の説明板。


 後円部中央。右側。左側。

 前方部右側。左側。


 前方部から後円部。


 後円部墳頂。


 後円部墳頂の石棺覆屋。


 ほぼ全景。右奥が前方部、左が後円部。北東から。


 「加悦町古墳公園」の石碑。
            以上2019年4月撮影。  


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2019年07月29日

追加402 白米山古墳(白米山1号墳) 京都府与謝野町 90m

 奈良女子大学の前方後円墳データベースの「白米山1号墳(白米山古墳)」の項目で、「墳丘 形状:前方後円 築成:前方部:2段、後円部:2段 墳長:90m 後円部:径51.5m 高7.9m 前方部:幅30.6m 長38m 高4.4m 特記事項【その他】後円部墳頂平坦面において溝状遺構、土壙、第一主体周囲の柵列、平坦面縁辺の柱列などを検出。前方部墳頂にも溝状遺構あり。また、中位平坦面上や墳丘の周囲に多くの従属的な埋葬施設が存在。なお、墳丘出土の土器は布留式中段階の古相。」と記されています。国の史跡に指定されています。
 この古墳は、ランキング402位として、2018年4月30日のブログで紹介しています。そこでも書きましたが、最初の訪問で撮った墳丘の絵は見つからず、再訪時は獣除けのフェンスで立ち入りができず、今回はリベンジのつもりで再々訪しました。今回フェンスの出入り口を発見して、墳丘にむかうことができました。前方部の端がやや崩れていますが、墳丘は全体的によく残されています。周囲には、いくつかの埋葬施設が存在しているそうですが、後円部の西側の方墳しか確認できませんでした。帰路、前方部北側の墓地に何げなく目をやると、なんと「白米山家」の墓石が建っているではありませんか。「白米山」とは、古墳の立地する丘陵の地名と思い込んでいましたが、人名でもありました。思わず、古墳の被葬者の末裔がこの墓地に眠ってみえるという妄想が浮かんでしまいました。


 加悦町教委の説明板。


 後円部中央。右側。左側。

 前方部右側。左側。


 前方部から後円部。前方部右隅から後円部。前方部左隅から後円部。


 後円部墳頂。


 前方部端ほぼ全景。


 墳丘に隣接した「白米山家」の墓石。


 遠景。手前が前方部。



 おまけの「白米山西古墳群1号墳」 方墳。
            以上2019年4月撮影。  


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2019年07月28日

追加499 南塚古墳 岐阜県各務原市 85m

 2018年5月25日のブログに、ランキング499位として紹介した消滅古墳です。その時に書きましたが、道路が曲線を描く後円部跡付近の絵がなかったので再訪しました。    
 岐阜市・公益財団法人岐阜市教育文化振興事業団の『岩田東A・岩田西遺跡』では、「詳細は不明であるが、南塚古墳は全長約85mを測り、周濠が確認されている。時期は5世紀頃と推定されている(略)。」(p.1)と述べられています。また、奈良女子大学の前方後円墳データベースの「南塚古墳」の項目でも、「墳丘 形状:前方後円 墳長:85m 後円部:径45m 前方部:45m 特記事項【周濠】あり。【その他】開墾により滅失。」と記されています。


 後円部跡付近。
            左の建物が那加桐野町7丁目111-8。

 後円部跡付近。
            那加桐野町7丁目111-8付近。

 前方部跡付近。
            奥の建物が那加桐野町7丁目111-1。    以上2018年10月撮影。  


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2019年07月27日

追加236-1 大井戸古墳のおまけの「大井戸古墳」 茨城県小美玉市

 前項目で追加として書いた大井戸古墳ですが、2009年10月に撮影した絵を掲載することを失念しましたので掲載します。「忘れたらだめじゃん」。

 残存部全景2つ。


 墳裾の鳥居。部分拡大。


 墳頂の天井石か。2つ。
              以上2009年10月撮影。  


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2019年07月27日

追加236 大井戸古墳 茨城県小美玉市 109(100m級)m

 この古墳は、ランキング236位として、2018年3月28日のブログで紹介しています。現状では、直径16.3m・高さ8mの後円部の一部が残っているだけです。ただし、この古墳が全長100m級の前方後円墳であるとすれば、小美玉市最大の古墳ということになります。

 後円部残存部。


 前方部跡から後円部残存部。
            以上2019年3月撮影。   


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2019年07月26日

追加896 愛宕塚古墳 茨城県小美玉市 66→(59.5以上)m

 この古墳は、ランキング896位として、2018年10月22日のブログで紹介しています。古墳は、後円部の大きさの割には前方部が低く短い帆立貝形前方後円墳です。玉里エリアの雷電山古墳(ランキング759位)と同形・同規模と考えられています。ただし、古代から中世にかけて「愛宕舘」が建立されていたという伝承があり、雷電山古墳と比べると全体的に規模が小さく感じられました。舘建設の影響でしょうか。
 雷電山古墳(追加759位)の項目でも書きましたが、渥美賢吾さん等の発掘調査報告書で、「59.5m以上」と述べられています。

 小美玉市教委の説明板。「愛宕舘跡」の説明板。


 後円部中央。右側。左側。

 前方部右側。左側。


 前方部から後円部。前方部右隅から後円部。


 後円部墳頂。


 前方部端全景。後円部端全景。


 2つで全景(横から)。前者が後円部、後者が後円部から前方部。


 全景。
            以上2019年3月撮影。  


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2019年07月25日

追加530 山田峰古墳 茨城県小美玉市 83→(84)m

 この古墳は、ランキング530位として、2018年6月8日のブログで紹介しています。このブログでは、7年前の画質の悪い絵を掲載していましたので、新しい絵を掲載します。
 古墳の現状としては、くびれ部の西側と後円部裾東側に墓地があり墳丘の改変が著しいですが、大きな高まりは感じることができます。7年前にはなかった説明板が設置され、なんとか古墳の形状が理解できました。「やるじゃん小美玉市」。

 小美玉市教委の説明板。


 後円部中央。右側。左側。

 前方部右側。左側。


 前方部から後円部。


 後円部墳頂。


 3つで全景(横から)。前方部。くびれ部。後円部。


 全景。右手前が後円部、左奥が前方部。南から。


 全景。右が前方部、左が後円部。東から。
            以上2019年3月撮影。  


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