2018年10月28日
912 マラ塚(オセ山)古墳 奈良県奈良市 65m
奈良女子大学の前方後円墳データベースの「オセ山古墳(ゲンオ塚古墳)」の項目で、「墳丘 形状:前方後円(または円墳) 築成:後円部2段 墳長:65m 後円部:径43m 高5m 特記事項【周濠】あり(幅10m)。【その他】西側に前方部が付く前方後円墳か、造出が付く円墳と推定される。」と記されています。今尾文昭さんは、「オセ山古墳 ゲンオ塚古墳とよばれることもある。西側に短い前方部がつくものとみられ、測量調査の結果、墳長六五メートル、帆立貝形前方後円墳となる可能性がある。後円部側に幅5メートルほどの周濠が見られる。現時点では埴輪や葺石は確認されていない。」(『ヤマト政権の一大勢力 佐紀古墳群』p.53)と述べています。今尾さんは、同書でこの古墳を、猫塚古墳(ランキング〔166-3〕位)・塩塚古墳(ランキング191位)・瓢箪山古墳(ランキング342位)と同じく、佐紀古墳群の「西群の東小支群」に位置付けています。
現状では、くびれ部が小道となっており円墳にしか見えません。また、周濠も全周しておらず一部が残存しているのみです。余談ですが、いくつかある古墳名の一つは、道鏡・玄昉伝説と関係あるということですが、これでは被葬者が浮かばれないと思います。
後円部近景。北西から。
後円部近景。南西から。
近景。前方部跡から後円部。西から。
後円部全景。北から。
以上2014年5月撮影。
後円部墳頂。
近景。前方部跡から後円部。西から。
以上2010年6月撮影。
現状では、くびれ部が小道となっており円墳にしか見えません。また、周濠も全周しておらず一部が残存しているのみです。余談ですが、いくつかある古墳名の一つは、道鏡・玄昉伝説と関係あるということですが、これでは被葬者が浮かばれないと思います。
後円部近景。北西から。
後円部近景。南西から。
近景。前方部跡から後円部。西から。
後円部全景。北から。
後円部墳頂。
近景。前方部跡から後円部。西から。
Posted by じこま at 09:09│Comments(0)