2024年07月25日

番外 愛知県の古墳㉜ 岩場古墳 西尾市 帆立貝形前方後円墳 約30m

 古墳は勝楽寺の境内地にあります。寺の駐車場に、西尾市の説明板が設置されています。現在では、説明板の左下部に「お寺の許可無く無断で古墳に立ち入らないで下さい。云々」と記した板が追加されているようです。10年以上前の訪問なので、定かではありませんが、この説明板付近から古墳に向かったような記憶があります。おっさんの行為が、追加板の設置につながったとしたら、申し訳ない気がします。「常識人たるべし」。
 訪問時、古墳の墳丘が確認できず、二か所に設置された標柱とその付近の絵を撮っただけでした。「岩場古墳跡」とする標柱があったので、墳丘は削平されたと思っていました。

 三田敦司さんは、「本古墳は自然地形を利用して墳丘が築造されているため、墳丘の形状は明瞭ではない。報告書では、墳頂部の盛土の厚さは10~20cmと推定されており、墳丘は主に地山削り出しによって成形されたとみられる。尾根の頂部を後円部とし、北側の埴輪棺が出土した部分を突出部として、標高46mの等高線付近を墳裾と想定すると、全長約30mの帆立貝形古墳として復元できる。葺石は確認されていない。」(「92 岩場古墳」p.522、『新編西尾市史 資料編1 考古』所収)と述べています。
 また、西尾市のHP.の「岩場古墳」の項目で、「よみ いわばこふん、指定・種別 県指定・史跡、指定面積 全長約30m 前方後円墳(帆立貝形)、時代 古墳時代中期、所在 吉良町小山田大山」、「岩場古墳は勝楽寺東側の尾根先端に位置する墳長約30m程度の帆立貝形前方後円墳である。昭和25年(1950)に吉田中学校歴史クラブの生徒が岩石採集の際、偶然埴輪棺を発見したことをきっかけに発掘調査が行なわれた。さらに翌年墳頂部から全国でも出土例が25例ほどしかない円筒棺(えんとうかん)が発見されている。 円筒棺からは鉄刀や鉄斧などの鉄製品が多数出土し、三河地方の代表的な中期古墳として重要である。なお、円筒棺は現在西尾市吉良歴史民俗資料館に展示されている。」と記しています。
 上記のように、古墳は愛知県の史跡に指定されています。また、埴輪棺や円筒棺などの出土品は、愛知県の文化財に指定されています。

 余談ですが、この古墳の約1600m南に、西三河最大の古墳といわれていた正法寺古墳(2018年5月10日のブログに「436 正法寺古墳」として掲載)があります。ただし、現在では、従来直径60mの円墳とされていた岡崎市の甲山1号墳が、全長120mの前方後円墳の後円部であり、三河エリア最大の古墳であると指摘されています。(2018年5月10日に「補遺 [166-4] 甲山古墳(甲山1号墳)」として紹介)


 西尾市教委の説明板。


 標柱「岩場古墳」。

 前方部。


 標柱「岩場古墳跡」。

 後円部墳頂。祠の左奥から円筒棺出土。
        以上2013年11月撮影。  続きを読む


Posted by じこま at 07:07Comments(0)