2020年12月30日
898-2 天王山古墳のおまけの「円(圓)山古墳」 滋賀県野洲市 円墳 径37→28m
前回の甲山古墳と同じく「桜生史跡公園」内に整備・保存されている古墳です。この古墳も、甲山古墳と同様に石棺の石材には「阿蘇ピンク石」が使用されています。また、奥壁近くのもう一つの石棺の石材は「二上山白石」ということです。真の継体大王の墓と考えられている今城塚古墳からも、この2種類の石材を含む3種類の石材(兵庫県高砂産の竜山石)が出土しています。
滋賀県教育委員会事務局文化財保護課の「№023 大岩山古墳群」の中の「円山古墳」では、「この古墳も桜生地区にあり、築造年代は甲山古墳よりやや新しい時期と考えられています。昭和57年に実施した測量調査からの知見では、墳丘の北東側に幅約15m、長さ約10mの方形に近い造出し状の突起が見られることから、帆立貝形の古墳と考えられていました。しかし、近年行った発掘調査では、この部分が、造出し部とは考えがたい状況が見つかったことから、直径が約28m、高さが約8mの円墳とすることが適当と考えられます。 主体部は、甲山古墳と同様な構造の横穴式石室で、玄室の長さ約4.3m、奥壁幅約2.4m、高さ約3.1mの規模があり、床面には玉石が敷き詰められていました。玄室の手前寄りには、長さが2.83m、最大幅1.47m、高さ1.8mの、これも甲山古墳と同じ、熊本県宇土半島産阿蘇溶結凝灰岩で造られた、内外面を真っ赤に塗った刳抜き式の家形石棺が納められていました。また、この石棺の背面には、奈良、大阪の県境にそびえる二上山の凝灰岩で造られた、組合わせ式の石棺が安置されていました。(後略)」と述べられています。
1941年に国の史跡に指定されていましたが、近隣の7基の古墳とともに「大岩山古墳群」という名称で再指定されています。
石柱。?教委の説明板。

石室入口。石室内部。

墳頂。
ほぼ全景。
以上2015年12月撮影。
全景。
2009年6月撮影。
滋賀県教育委員会事務局文化財保護課の「№023 大岩山古墳群」の中の「円山古墳」では、「この古墳も桜生地区にあり、築造年代は甲山古墳よりやや新しい時期と考えられています。昭和57年に実施した測量調査からの知見では、墳丘の北東側に幅約15m、長さ約10mの方形に近い造出し状の突起が見られることから、帆立貝形の古墳と考えられていました。しかし、近年行った発掘調査では、この部分が、造出し部とは考えがたい状況が見つかったことから、直径が約28m、高さが約8mの円墳とすることが適当と考えられます。 主体部は、甲山古墳と同様な構造の横穴式石室で、玄室の長さ約4.3m、奥壁幅約2.4m、高さ約3.1mの規模があり、床面には玉石が敷き詰められていました。玄室の手前寄りには、長さが2.83m、最大幅1.47m、高さ1.8mの、これも甲山古墳と同じ、熊本県宇土半島産阿蘇溶結凝灰岩で造られた、内外面を真っ赤に塗った刳抜き式の家形石棺が納められていました。また、この石棺の背面には、奈良、大阪の県境にそびえる二上山の凝灰岩で造られた、組合わせ式の石棺が安置されていました。(後略)」と述べられています。
1941年に国の史跡に指定されていましたが、近隣の7基の古墳とともに「大岩山古墳群」という名称で再指定されています。
石柱。?教委の説明板。
石室入口。石室内部。
墳頂。
ほぼ全景。
全景。
Posted by じこま at
08:08
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